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咲優
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女性
自己紹介:
一応ニートから社会人にまた戻ってきたただのAPHと戦国鍋好き。

そんなわけで絶賛英語から遠のき中。
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日々のよしなしごとを咲優がそこはかとなく書きつける日記。 APH再燃。戦国鍋再燃。
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07.08.04.
だったそうですね。おかげでうちの喫茶店は大変なことになりました。

何って21時前までがら②だったのに(本当暇だった)21時からラストオーダーの21時半まで怒涛の混み具合い。

ぁ-花火って偉大。

12時から22時半は疲れました。
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07.08.02.
12時起床・・・ぃや10時ぐらいに一回起きてたんだよ。でも寝ちゃったんだよ。ぅん。

見てないビデオ見てたらイタリア語があって、それで名古屋にイタリアチックな街があることが発覚。すげぇ行きたい。per favoreとか使ったら通じるんだろうか・・・。

ボイトレの前に世の中の流れに反して超低めにエアコン設定されてる銀行に行ったら、汗が一気に引いちゃってなんか体調が芳しくない。それでも平気だろうと思ってボイトレに行ったのです。で、全然平気だと思ってたら、発声練習してた時に嫌な汗掻いちゃって、歌えない状況に。30分ぐらいソファで横になって帰りました。ぃやぁ前にもあったけど、本当私温度調節が苦手なのね↓

大事をとって座れる各駅でそのまま帰宅のはずが、無性に某古本屋に行きたくなったので30分ぐらい立ち読みして帰ってきました。相変わらずホスト部は200円・・・100円になったら買います(笑)ってか崇の弟が漫画では出てるのに、アニメではなかったなぁ↓↓あの突っ込みがあればもっとチカちゃんの可愛い姿が見れたのにー。あぁ恐るべしハニー兄弟。可愛すぎてブック○フで悶え死ぬところでございました(笑)だってあんなうるうるな瞳で見られたら・・・はぅぅっ!!!可愛い・・・可愛すぎる・・・!!!光と馨の双子も好きだけど、埴乃塚の兄弟設定も好きだぁぁぁぁ!!!


昨日分(8/1)のブログを見返すと、深夜のノリで無駄に恥ずかしいのろけっぷり。なんか申し訳ない気分で一杯になるのは何ででしょう・・・。
07.08.01.
花火行ってきました-。浴衣で。昨日(今日?)午前2時に寝たのに、7時半に起床。お母さんに着付けてもらいました(浴衣ぐらいは着れるようになりたいなぁυ)。

12時半頃現地到着。一回いい感じのとこにシート貼ったのですが、実は方向が予想と全然違うとこだったことが発覚。貼り直したらガムテが足りない(泣)下駄で足が痛い私はシートの上でお留守番。暑い中相方にかなり遠くまで行って買ってきてもらいました。歩きで。下駄で靴擦れをおこしたので、ばんそうこうも買ってきてもらったし。マジありがとです。

強風が吹いていたので頑丈にガムテでコーティングして、シートはとりあえずOK。お昼を食べに某異国街へ。こういうとき1日乗車券って便利だと思う。

330グラム330円の肉まんを購入。マジでかい。でもうまい。実は某異国街で食べ歩きってあんましたことないし、相方とここ来るのも初めてだったりするわけで、妙に楽しかった。

とはいえやることもないしシートも心配なので15時過ぎには戻ることに。忘れた日傘に気付いてくれる相方は最高だと思います(笑)

時間まで4時間弱もあるけどやることないからシートで待機。喋ることがないんだけどつまらない訳じゃない。視界の端に相方がいてくれるってすごい安心する。

そんなのほほんとしてたとこで電話が。相方の弟くんが彼女を連れて来るらしい…ぅあ-どうしよう初対面だよなんて言えばいいんだぁぁぁなんて考えてたけど、結局自己紹介もなしに普通に喋ってる自分。まぁ弟と同い年だしね-。

そうこうしてる間に辺りは暗くなっていよ②開始でございます。相方はこういう職人芸的なものにはちゃんと拍手を送ってくれる、イベント参加型人間なので、私も周りを気にすることなく歓声あげたり拍手したりしてました。

近くのどっかのサークルのうるささには閉口しましたが、場所が本当にベスポジで海に近いところだったので、存分に楽しめました。風があったので煙も流れて邪魔にならなかったし。本当綺麗でした。そういえばピンクって新色なんですかね?今まであんま見た記憶がなかったように感じたのですが。

帰りは電車。靴擦れした私を気遣ってくれたりと、すげぇ優しい。昨日あんだけ口論したのが嘘のよう(笑)ぃやいつも口論はしてますが。お互い頑固なのでυこうして時々優しくするのはずるいと思います。嬉しく思っちゃうから。


ともかく待ちに待ってた花火を一緒に行けて本当よかったです。金ないから出掛けられない=逢う回数が減るというとんでもない方程式が成り立ってしまってるので(逢うだけでも逢えないよりよっぽどいいと思うのに)。

また来年も行きたいです。
07.07.31.
明日浴衣を着ていくのになぜか行方不明の浴衣の帯…。なのでお母さんと2人で買いに行きました。

まずは某巨大スーパーに行ったのですが、この時期だと安くていいのってないんですよね。そこで最近できた「しま○ら」に行ってみることにしました。私初。

梅雨だってのに真夏な太陽の元徒歩30分。某スーパーの2Fにできた「しま○ら」には、ここが日本なのか他のアジアの国なのか分からなくなるほど安い服が並んでおります。ただでさえ安いのに更にセールって何。

2900円で浴衣・帯・下駄がセットで買えてしまうのですが、うちにある浴衣が着たかったので帯だけ購入。黄色いのが欲しかったけどなかったので赤で我慢。まぁ我慢って言っても安いから仕方ないか、と思えますが。

15時。めっちゃ遅いお昼ご飯を久々にモスで。やっぱパンがうまいと思う。ポテトはマックのが好きだけど。

その後塾行って模擬授業の生徒役やって帰宅。

模擬授業の生徒役やるのは相方を相手にした以来約1年ぶりです。奴には英語の授業で過去形の発音の違いを教えてもらいました。…意外と覚えてんな自分。こんなんになるとは全く予想してなかったけど。まだ上目遣いに効力があった頃。今は…もう慣れられちゃったかな。
以下はうちの相方が書いた日記なのですが、消すとかのたまいまして、もったいないのでコピペしました。
誤字があるけど直さず載せました。






去年の暮れに亡くなったぼくのおじいちゃん。




几帳面でせっかちな人だった。





90歳まで生きた。




とても厳しい人だったけど、大好きでした。





戦争で中国に渡り、3度も死にかけたそうだ。






1回目はマラリアにかかり(このときの後遺症で耳が片方不自由でした)




2回目は滝壺に落ちて




3回目は山賊に襲われて





それでもおじいちゃんは生きて帰ってきた。





小さい頃からいつもこの話を聞いてきました。













こんなおじいちゃんも自宅で転んだことが原因で亡くなりました。




12月の中頃、「小遣いをやるから来い」と言われたので行くと




先日転んだという話を聞かされました。



むしろ、転んでから腰の調子が良くなったとも。



元気なおじいちゃんを見たのは、これで最後だった。










数日後、かあちゃんが



「おじいちゃん転んでから調子悪いのよ」


「え?」


「あんまりベットからも起きなくなったし」





若干の心配はあったものの、バイトが忙しかったこともあり
家にいるうちには会いに行けなかった。





さらに数日後


「おじいちゃん入院することになったの。もしかしたらやばいかも」



これを聞いた僕は、次の日、何とかバイトの予定を詰めて
車で数分のところにある病院へ。










病室に行くと、大部屋の真ん中。





80歳まで旋盤工をやっていた、鬼のような腕の筋肉をしたおじいちゃんは、そこにはいなかった。




まるで枯れ木のように細く、痛々しいまでに何本もの管に繋がれていた。




信じられなかった。と、いうよりも頭が追い付かない。




意識のないおじいちゃんの枕元に行き、必死に声をかけた。






堅く閉じていた目が開き、うつろな目で僕を見ている。



「あぁ、ゆうちゃんか。」




この時点で目に涙が溜まってきた。




「よくきたね。お小遣いあげるよ」






涙が止まらなかった。






こんな時にまで・・・


















30分後、かあちゃんに促され退室し、帰路につく。








次の日
バイトを終わらせ、家に着き、テレビを見ていると、一本の電話が。



かあちゃんが出る。




電話を切った後




「おじいちゃん、いよいよやばいみたい」



予想はしていたものの、こんなに早く来るなんて思わなかった。







弟と3人、急いで車に乗り、病院へ。






受付も済ませず病室へ。














入った瞬間に亡くなった。文字どおり、「瞬間」に。







医者が心肺、瞳孔を確認し、臨終を告げた。








まだ温かかった。






泣き崩れるかあちゃんと弟。





僕は不思議と涙は出なかった。





その後、電話を受けた叔父や叔母が来たので、とりあえず退出。






各方面に電話をし、バイト先へも連絡を入れる。










本当にせっかちなおじいちゃん。
転んでから2週間もたってないのに。




入院して3日しかたってないのに。





早すぎるよ。




でも、本人は良かったかもしれない。




最後まで意識をもっていたからだ。




まさに、花が散るように亡くなっていった。













慌ただしく通夜だの葬式などがすぎていった。



悲しむヒマもなかった。



そのまま、驚くべき速さで新しい年になった。













元旦の夜。
かあちゃんからお年玉袋をもらう。





「なにこれ?」




「おじいちゃんから。」








恥ずかしながらも、毎月小遣いをもらっていました。





几帳面なおじいちゃんは毎月決まった日にくれてました。




1日もずれることなく。









なのに。







お年玉は、12月の頭に、転ぶ二日前にかあちゃんに渡していたそうだ。




まるで自分の死を知っていたかのように・・・





おじいちゃんの死後、はじめて泣いた。





あのとき言った言葉、現実になった。










僕は絶対に使わないと決めた。なにがあっても。



本当にお金がない時期もあった。





それでも歯を食いしばって我慢してきた。






そんなわけで、今でも机の中にしまってある。















なぜ、いまさらこんな日記を書くかというと、思い出したことがあるからだ。





それは
「お母さんたちには内緒だけど、ゆうちゃん、免許のお金出してあげるよ」
と言う言葉だった。






この夏、免許を取るつもりだ。そのために貯金もしてきた。


全部自分のお金で取ると決めた。





でも、このお年玉も、免許代の足しにする。





あの約束が、うそにならないために。

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