08.05.25.
かなり重たい話なので注意。
ここ最近硫化水素流行ってるじゃないですか。でちらっと、掠るか掠らないかぐらいの関わりが私ありまして(別に使おうとしたことがある、とかいうわけじゃ全然ないんだが)、思ったことをつらつらと。
まぁ当初ニュース見て思ってたのは、周りに迷惑かけるぐらいなら、もっと違う方法にすりゃあいいのに。というかなりさめた考えでした。だってなんもしてない人が避難しなきゃいけないじゃん?もっといい方法あるだろって。
でも画面じゃなくて身近な話になった時、周りの迷惑がどうとか、一切思いつかなかったのね。本当どうしてそういう道を選んだんだろう、何を最後に思ったんだろうって、知りもしないその人のことしか考えれなかった。それから、その人に深く関わりのあった人たちが今どんな気持ちでいるのか。
「自ら命を捨てる」って判断以外、本当に何もなかったのかな?いくらだってやりようはあったんじゃないかなって。
みんな自殺願望があって、それを2種類に分けると「自殺できる勇気のある人」と「そうじゃない人」になる、という極論も世の中にはあるといいます。でもそれはやっぱり違う気がする。
ご存知の方も多いと思いますが、私は以前軽くピーターパン症候群的な感じで(まぁ今が違うかと問われれば答えに窮しますが)、恥ずかしながらなんとなく20歳前に死ぬ気がしてました。更に恥を晒せば、あまりに高校時代が楽しかったので、毎日「高校生のうちになんかで死なないかなぁ」とか思ってました。幸せの絶頂期にいい思い出抱いて逝きたかったのね。だからと言って別に何する訳じゃないけど。痛いの嫌だし。
だから高校卒業してがっかりですよね、なんも起こらん(当然)。でいつの間にか無事成人式も終えました。
まぁ「死への憧れ」みたいなもんは結構な数の高校生が持ってると思いますし、私も例に漏れなかったってだけの話。
でもそれを実行しちゃいけないじゃん。ここまで自分が生きてくるのにどんだけのモノとかヒトとか犠牲になってるか分かんないじゃん。生きたくても生きれない人は、10秒か5秒か忘れたけど、それぐらいに1人の早さで亡くなってる。こんなにモノにゴハンに囲まれて、それで命を断つってのは彼らに対して凄く申し訳ない。亡くして構わない命だと思うのなら、一度考えればいい。「私たちはいろんなモノやヒトに生かされてる」んだって。
某氏は「泣く人がひとりでもいるなら死んじゃだめだ」と言った。でも私みたいにひねくれた人間は「泣く人がいてくれるから死ぬ」って思っちゃいそうだから、そういう人は「自分はいろんな犠牲の上で生きてる」「簡単に死ぬことは赦されてない」 って思えばいい。隣で泣く人のことより、地球の裏側の人のことを考えた方が心に来るものが重いってのは自分でもどうかと思うけど。
でも物っ凄い極端に言えば、彼らが食べてない分私が食べてて、だから彼らを■してる(自主規制)のは私たちだよ?散々そうしておいて死ぬなんて、やっぱり赦されない。
別に今回の掠るか掠らないかぐらいの人を貶めようとしてる訳ではありません。彼(or彼女)にはそれしか見えなかったんだから。…なんともやりきれない。
せめて向こうでは幸せに。
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